6月20日、世界難民の日のこと
昨日、6月20日。
ヨルダンのシリア難民キャンプを題材にしたドキュメンタリー映画”Zaatari Djinn”(2016)の上映会にて思いがけずプレゼントをもらいました。
アラブ菓子の小さな箱詰めで、蓋には”Made with Refugees”のシールが。
「そっか、今日は世界難民の日だった」と思い出しました。
”6/20は世界難民の日”
難民の記念日?この言葉に前から違和感を感じていたので調べてみました。
元々アフリカ難民条約が発行された日で、それにちなんだ記念日なんですね。
残念ながら、難民の日だから難民に何か良いことが起きるわけでも、状況が変わるわけでもないけれど…
この日は世界各地で難民に関する催し物が開催されたりするそうで、この上映会もその1つ。
6月20日をきっかけに彼ら・その周り世界が抱える問題を「知ること」に意味があるんだろうな、と自分の中で納得づけます。
ヨルダンにいると「難民」という言葉は切っても切れないものです。
国民の過半数は、中東戦争により難民となったパレスチナ人、そしてその子孫。
内戦から逃れてきたシリア人、イエメン人、スーダン人…
「難民受け入れ国」というと欧米諸国が頭に浮かぶけれど、ヨルダンも立派な難民受け入れ国。
今回の上映会でも、上映前のスピーチでそのことが触れられていました。
日本にいた時は「難民」という存在を身近に感じられなかったけれど、
ここにくると難民が特別な存在じゃない普通の人間で
元から難民であったわけではないことを改めて思い知ります。
以前アンマンに暮らすシリア難民の家庭訪問をする機会がありました。
彼らの口からはいかに彼らが祖国を愛しているのかが語られ
ヨルダンが彼らの祖国ではないこと、ヨルダンで生活することが100%彼らの意志ではないことを思い知ります。
自分が難民になったら?日本に一生帰ることができなくなったら?
自分の人生はどう変わるのでしょう。
この映画はザアタリ難民キャンプで、子供たちがどのように新しい人生を歩んでいくのかに焦点が当てられています。
彼らが難民としての生活に順応して新たな土地になじんでいく姿は一見前向きに思えるけれど、私には非常に悲しく感じました。
ヨルダンで出会ったパレスチナ人の中で、こんな種類の人がいます。
例えヨルダンで生まれ、ヨルダン国籍を持ち、パレスチナに一度も行ったことがないけれど自分はパレスチナ人だ、と強く主張する人。
血統的にパレスチナ人だけど自分はヨルダンで生まれ、自分の祖国はヨルダンだと言う人。
前者の話も聞いていて辛いけれど、私は後者の話を聞いているとき、さらにやるせなさを感じます。
自分のルーツであるはずの国に戻れないって何なんだろう?
彼ら自身が満足しているなら私がつべこべ言う筋合いはないはず、なのですが。