パレスチナだより

2016年夏からパレスチナ・ヨルダンに留学中の女子大生です。留学生活のあれこれ、思ったことをつらつら書いていきます。

アンマンからマダバ バスでの行き方

アンマンからマダバへバスで行ってきました。

地球の歩き方にはムジャンマア・ジュヌーブまたはムジャンマア・ラガダーンから行く方法しか載っていませんが、私は別の方法で行きましたので記録。

 

【ムジャンマア・シャマーリからマダバ】

ムジャンマア・シャマーリに虎の絵が描かれたバスがあります。それでマダバのムジャンマア(アンマン方面)まで直通で行けます。片道1JD、所要時間は1時間ほど。

 

【マダバからムジャンマア・シャマーリー】

同じ虎の絵が描かれたバスで帰れます。

ここで注意なのは、アンマン(عمان)行きと書かれたマイクロバスはムジャンマア・ジュヌーブが終点なこと。

 

観光客の方だとムジャンマア・シャマーリーを使う必要はないかもしれませんが、ヨルダン大学付近に滞在されている方はこの方法が便利かと。大学通りからムジャンマア・シャマーリ―はマイクロバス(片道0.35JD)で行けるので!

 

パレスチナ・ヨルダン 留学に持っていくもの②

何だかんだ、あと三週間で留学生活が終わります。

留学開始直後に「留学に持っていくもの」についてブログを書いたのですが、

留学終了を目前に控えて、結局留学に何が必要だったか記録しようと思った次第です。

 

 

teshiko20.hatenablog.com

この記事に付け足しする感じで書いてきます。

 

【書類・大事なもの系】書類系はまとめてポケットファイルに入れておくと見やすくて楽。

・パスポート(コピーも)

・航空券e-チケット

海外旅行保険証明書(原本・コピー両方。コピーは家にもおいて置く)

・予防接種記録書(病院でもらったやつ)

・国際学生証←ヨルダン・パレスチナだとほとんど使う機会ないけれど、旅行で別の国に行くときに「あってよかった~」と思うことがあります。エジプトでは割と使えました。大学の生協で1000円ほどで作れたと思う。

・クレジットカード(本当は2枚持ってくはずが間に合わずに1枚に…家族が冬に旅行に来るときに持ってきてもらった。)

…私は元々持っていた1枚目の上限が10万円だったので、2枚目があり助かりました。授業料、航空券の支払いだけでなく額の大きい買い物で使ったり。ヨルダンもパレスチナも、他の国に比べて使える場所は少ないですが、あると便利。クレジットカードだと現金引き出しに比べて手数料が安かったり、ポイントが付くなどのメリットがあるみたいです。

・国際キャッシュカード…SMBC信託銀行新生銀行の。新生銀行イスラエルの通貨であるシェケルが引き出せないとのことで、SMBC信託銀行のをメインで使う予定。

奨学金の振り込みがSMBC信託銀行だったので、新生銀行は全く使わず。海外留学でよく耳にする新生銀行ですが、パレスチナイスラエルでは使えるところが限られます。ヨルダンではほぼ使えるらしい。

SMBC銀行は月に2000円ほど口座管理費がかかるのでお勧めしません。

パレスチナに行くなら”ジャパンネット銀行”を勧めます。パレスチナに留学していた友人が使っていましたが、手数料も高くなく、問題なく使えていました。

・連絡先リスト…日本の大学、家族、留学先の大学、インターン先、現地大使館、カード会社の連絡先など

・日本の大学の在学証明書(日・英)

インターン受け入れ許可書

・証明写真の予備←現地でも撮れるけど、日本の道端にあるような機械が存在しないので、急に必要になり「持っておいてよかった~」と思うときがありました。

・お金(米ドル)、財布3つ(分散してお金を持っていけるように、百均で予備の財布を持っていきました)←百均の薄っぺらい財布に紙幣とカード、コインケースに硬貨を入れて使ってました。パレスチナ留学中にクラスが一緒だった韓国人から「行きのセルビスにコインケース置いてきちゃったんだよね…でも財布と別にしてて助かった」という話を聞いたのと、バスやセルビスに乗るのに硬貨が必要で、お財布と分けておくと便利だなあと思っていたため。

 

ここから下は現地調達が可能なものが多いですが、特に「持っててよかった!」ものは太字、持ってくればよかった」というものは赤字「(現地調達でじゅうぶんだから)持ってかなくてもいいと思ったもの」には打消し線を引きました。

 

【衣類・身に着けるもの】

基本的に、帰国時に捨てることになっても惜しくないようなものを持っていきます。実際結構置いていきました。冬服はほぼ現地調達です(セーター、手袋、マフラー、フリース素材のパジャマなど…)。

・マキシ丈ワンピース

←夏は暑くてぴったりした服を着る気になれないので、ワンピースに限らず、ロングスカートやスカンツなど、ゆるっとした長めの洋服が重宝します。

・長ズボン×2

・パーカー

・長袖シャツ×3

・半袖Tシャツ×5

・部屋着のズボン×2

・下着1週間分

ヒートテック×4

・ウルトラライトダウン

・ハンカチ×4

・靴下×5

・ストッキング

ビーサン

・歩きやすいスニーカー

・リュックサック

・ストール ←現地でも買えますが、寒さ対策や首焼け対策に使えて便利。

・水着←現地調達だと「サイズ合わない!」とかあるみたいなので、ぜひ持っていきましょう。パレスチナ・ヨルダンは死海や紅海、地中海など海で泳ぐ機会も多いし、ハンマーム(トルコ風呂)でも着用したりするのでマストです。

・帽子

・サングラス←夏はサングラスないと出かけるのがつらいです。

・メガネ×2

・防水の上着

←友人が持っていたのですが、すごく便利そうで「私も買えばよかった!」と思いました。ノースフェイスなどのスポーツメーカーが出しているシャカシャカした感じの上着です(説明が難しい、要はレインコート…)。こっちは冬場雨が降りますが、傘を差す文化があまりないし、傘邪魔…これに付け加えて、リュックの防水カバーも便利そうだなあと感じました。

 

【薬・衛生用品等】薬は日本で慣れ親しんでいるものを持っていくと安心。

・大田胃散

正露丸

・葛根湯(顆粒の分包タイプが持ち運びに便利)

・ノーシンピュア(生理痛持ちなので)

コーラック

・ヴィックス

・オロナイン

・目薬×3(日本で愛用してるやつ)

・液体ムヒ

・冷シップ10枚

・冷えピタ6枚

・絆創膏

・体温計

・虫よけスプレー

・ワンデーコンタクト8カ月分(メガネと併用予定なので一年分より少なめ)

←コンタクト使用者はコンタクト留学期間分もってくべきです!私は結局足りなくなり、旅行に来た家族に持ってきてもらいました。日本では2weeks使用者でしたが、留学中は急に友人の家に泊まることになったり(アラブあるある)使用後ぱっと捨てられたりで「ワンデー持ってきてよかったなあ」と思います。

・耳かき←日本の耳かきってこっちで買えないんですよね。耳かき派は持っていきましょう。

・綿棒

・爪切り

・生理用ナプキン1袋(現地で買える)

・携帯用ウェットティッシュ(3個入り)

・ポケットティッシュ

・紙マスク15枚くらい(現地調達できなかった)

・歯ブラシ5本(こっちの歯ブラシはサイズが大きい…)

・ファブリーズ(洋服の消臭剤は見つけられず…)

・カミソリ(特に顔そり用は現地で買えなかったので!)

・電気シェーバー(カミソリあるからいらない)

・変圧器付きのドライヤー

・折りたためるシリコン製のコップ(あると便利に越したことはないけどなくても十分)

・電気蚊取り線香(5月~11月ぐらいまで蚊が出ます。こっちにも電気蚊取り線香みたいのあるけど、効き目が強すぎて虫より先に自分が死にそう(イギリス人の友人談)とのことです。)

 

【化粧品・洗面用品】化粧品類は自分に合ったものを持っていくべきです。

・化粧水

・乳液

・小さいハンドクリーム

・あんず油

・化粧落としシート(家で使う大容量のものは買えますが、10枚ぐらい入っていて旅行に使えるものが重宝しました

・制汗シート(現地調達できないから)

・その他普段使っている化粧道具

・旅行用シャンプー&リンス(日本ではどこでも売ってる、旅行用の小さいものはこちらでは見つからなかった。国内小旅行のとき等あると便利)

牛乳石鹸

洗顔フォームパレスチナのオリーブ石鹸の使い心地が良く、顔も体もそれで洗っていたので必要なく。ヨルダンでも買えます。)

・強い、ウォータープルーフの日焼け止め(こっちにもあるけど少ないし高い)

・垢すり

洗顔用泡立てネット(100琴で売ってるやつ。現地調達できないです)

・小分けの洗濯用洗剤(旅行でホステルに長期滞在する時に重宝した)

・小さい洗濯ばさみ付きハンガー(100均で売ってるやつ)

・ハンガー3本

 

【電子機器】

・パソコン

・カメラ

・解約したiphone(電話用の携帯は現地で購入)

←日本から持ってきたiphoneが寿命を迎えたので新しくSIMフリーのiphoneSEにしました。SIMフリーだと携帯を2台持つ必要がないし使いやすいので、SIMフリースマホを持参することを強く勧めます!!!現地でSIMフリーiphoneを買おうとすると高いです。日本で買うほうが断然安い。

kindle(日本語の本を読むだけでなく、論文をPDFにして入れられるので大変便利)

walkman

・外付けHD(写真保存用)

・外付けDVDプレーヤー(パソコンについてないので一応)

・諸々の充電器

・変換プラグ×3

・変圧器(私が持ってきた電子機器は、電圧の変化に対応する者ばっかりだったので一回も使わなかった)

・モバイルバッテリー

 

【テキスト類】

アラビア語を勉強しに行くので、普段使ってる教科書などを持っていきます。

・大学のアラビア語読解文法

・大学のアラビア語表現実践

・ハンズウェア(アラ英辞書)

・日アラ辞書

・単語帳

・自分の研究テーマに関する日本語の本(私の場合中東関連の学術書)

←留学中、授業を受けている中でどうしても読みたくなって両親に持ってきてもらった。

 

【文具類】

こう見るとノート多すぎな気がする…笑

・普段使ってる筆箱(はさみ、のり、ホチキスとかなんでも入ってる)

・愛用ボールペンの替え芯

・キャンパスノート

・単語ノート

・スケジュール帳

・rollbahnのノート

・日記帳

 

【その他】

・自分用の箸

・菜箸

・友人からの手紙

・調理酒

・みりん

・創味シャンタン

サランラップ

・日本チックなお土産…現地でお世話になった人に渡せるように、100均で扇子、小皿、和柄の巾着なんかを買いました。

・折り紙(子どもに教える機会があったので重宝しました)

地球の歩き方

・魔法瓶の水筒(冬に温かい飲み物を飲めるので助かった…日本の魔法瓶は性能がいい。)

 

【機内で使うもの】

・首枕(100均で買った、空気で膨らますタイプの枕がコンパクトで便利だった。飛行機だけでなく長距離バスの中でも使った。)

・メディキュット

アイマス

・耳栓

  

 

 

 

6月20日、世界難民の日のこと

https://www.instagram.com/p/BVnFO5yjTd2/

 

昨日、6月20日。

ヨルダンのシリア難民キャンプを題材にしたドキュメンタリー映画”Zaatari Djinn”(2016)の上映会にて思いがけずプレゼントをもらいました。

アラブ菓子の小さな箱詰めで、蓋には”Made with Refugees”のシールが。

「そっか、今日は世界難民の日だった」と思い出しました。

 

”6/20は世界難民の日

 

難民の記念日?この言葉に前から違和感を感じていたので調べてみました。

元々アフリカ難民条約が発行された日で、それにちなんだ記念日なんですね。

残念ながら、難民の日だから難民に何か良いことが起きるわけでも、状況が変わるわけでもないけれど…

この日は世界各地で難民に関する催し物が開催されたりするそうで、この上映会もその1つ。

6月20日をきっかけに彼ら・その周り世界が抱える問題を「知ること」に意味があるんだろうな、と自分の中で納得づけます。

 

ヨルダンにいると「難民」という言葉は切っても切れないものです。

国民の過半数は、中東戦争により難民となったパレスチナ人、そしてその子孫。

その他にもイラク戦争から逃れてきたイラク人、

内戦から逃れてきたシリア人、イエメン人、スーダン人…

「難民受け入れ国」というと欧米諸国が頭に浮かぶけれど、ヨルダンも立派な難民受け入れ国。

今回の上映会でも、上映前のスピーチでそのことが触れられていました。

 

日本にいた時は「難民」という存在を身近に感じられなかったけれど、

ここにくると難民が特別な存在じゃない普通の人間で

元から難民であったわけではないことを改めて思い知ります。

 

以前アンマンに暮らすシリア難民の家庭訪問をする機会がありました。

彼らの口からはいかに彼らが祖国を愛しているのかが語られ

ヨルダンが彼らの祖国ではないこと、ヨルダンで生活することが100%彼らの意志ではないことを思い知ります。

 

自分が難民になったら?日本に一生帰ることができなくなったら?

自分の人生はどう変わるのでしょう。

 

この映画はザアタリ難民キャンプで、子供たちがどのように新しい人生を歩んでいくのかに焦点が当てられています。

彼らが難民としての生活に順応して新たな土地になじんでいく姿は一見前向きに思えるけれど、私には非常に悲しく感じました。

 

ヨルダンで出会ったパレスチナ人の中で、こんな種類の人がいます。

例えヨルダンで生まれ、ヨルダン国籍を持ち、パレスチナに一度も行ったことがないけれど自分はパレスチナ人だ、と強く主張する人。

血統的にパレスチナ人だけど自分はヨルダンで生まれ、自分の祖国はヨルダンだと言う人。

前者の話も聞いていて辛いけれど、私は後者の話を聞いているとき、さらにやるせなさを感じます。

 

自分のルーツであるはずの国に戻れないって何なんだろう?

 

彼ら自身が満足しているなら私がつべこべ言う筋合いはないはず、なのですが。

ハイファで会った、ホロコースト生存者2世との会話

イスラエル・ハイファで泊まっていたゲストハウスにて。

 

その日私はナザレに移動する予定で、チェックアウトを済ませてレセプションのソファで調べ物をしていました。

そこにやってきたのは宿泊客の男性。

「管理人見た?」と私に聞いてきました。

あいにく管理人は不在だったので、彼が戻るまで私はその男性とおしゃべりすることに。

 

君、何人?日本人か!僕はポーランドから来たよ。

どうしてイスラエルに滞在してるの?

私はアラビア語を勉強していて、前回はパレスチナ、西岸地区に留学していたんだ。

今回はただの観光だけど…

 

そんなたわいのない会話の中、「あなたも観光?」そう私が聞くと、思いがけない答えが返ってきました。

 

「実は僕、ポーランドに住んでると言ってもポーランド人じゃないんだよね。

僕はユダヤ人。両親はホロコースト生存者なんだ。」

 

ホロコースト生存2世である彼は、語り部としてホロコーストに関する講演をするためにイスラエルに来たと言います。 

彼に思い切って質問してみました。

 

パレスチナイスラエルのこの状況についてどう思う?」

 

「僕はユダヤ人だから、西岸地区やガザ地区も併せてユダヤ人国家になるべきだって言うのが普通なのかもしれないね。でも僕自身は2国家案がベストだと思っている。

今の現状を見て。ここハイファやアッコ、ナザレってイスラエル領なのにまだアラブ人が居座っているでしょ。標識もヘブライ語アラビア語が混ざっているし、ここの管理人もおそらくアラブ人だよね。アラブ人であっても彼らはイスラエル国籍を与えられて、西岸やガザにいる人たちよりいい暮らしをしているんでしょ?

イスラエルユダヤ人のための、パレスチナはアラブ人のための国ってきちんと区別する必要があるんじゃないかな。

 

…あ、もうこんな時間か!君これからナザレ行くって言ってたのに引き留めてごめん。

アラビア語の勉強がんばってね、応援してるよ。でも今度はぜひヘブライ語も勉強してみてね。」

 

結局管理人は戻ってこなかったけど、彼は用事があったらしく、そういって颯爽と部屋に戻っていきました。

 

人生で初めて”ホロコースト生存者”という人に会った私。

パレスチナ問題を考えながらも、パレスチナ人やそのサポーターと常に一緒にいて

パレスチナ側からしかその問題を見れていなかったなあ。

そう思うと同時に、この会話でパレスチナ人とユダヤ人の考えや主張のギャップの大きさを感じてむなしい気分になりました。

 

パレスチナは外国人が介入しすぎてるんじゃないかなあ。

双方がいないところで第三者が議論をして、何が解決されるの?」

これはヨルダンで出会った、シリア難民支援に携わる方の言葉。

本当にその通りだなあ。

私はアラビア語から入って、パレスチナ・アラブの視点からパレスチナのことを見ていた。反対側の視点から見てみたい。そう思ってなるべくいろんな情報を得ようとしても、やっぱり自分の知識は完全にパレスチナに偏っている。

ポーランド人の彼に会ってそれを確信しました。イスラエル人・ユダヤ人の声を聞けなかった。現地の声はパレスチナからしか聞けていない。

 

そしていくら声を聞いても、私がいくらパレスチナ問題を語っても、何も生産されないんじゃないか?

イスラエルパレスチナに行くことが困難になった今、それは克服できないんじゃないか?

 

今でもその言葉は心に引っかかっているし、これからずっと考えていくと思います。

 

結局自分はここに留学して何がしたかったのか、もやもやは消えません。

日本はいい国?

こっちではよく「チャイナ!」「ニーハオ!」と声をかけらえる。

そこで「違うよ日本だよ!」と言うとだいたいこう返される。

 

「日本から来たんだ!日本はいい国だよね!僕日本人大好き!」

そう言われたときに、100%ピュアな気持ちで「うん!日本はいい国だよ!」と言えないなあといつも思う。

 

「日本のこと好き?パレスチナ/ヨルダンと日本だったらどっちが好き?」

そう言われたときに、100%ピュアな気持ちで「日本が好き!」と言えないなあといつも思う。どちらかというと「嫌い」と思うことが多くなったと感じる。

 

もちろん日本食は大好きだし、日本の古い町並みとかお寺とか、桜、花火、紅葉、こたつ…こっちに来て恋しくなることもたくさんあった。スリは少ないし、観光するにはとっても楽しい場所、まさに“異文化”という感じだと思うし、自分が外国人だったら日本に観光したいなって思う。日本に観光に来ている外国人の反応を見ているだけでも、新鮮でとても面白い。文化的には最高の国。

 

じゃあ何で「日本のこと大好き!」って言えなくなっちゃったんだろう。

 

「日本人は頭が良い民族だ。」

留学中、「自分の頭で考える」勉強をいかにしてこなかったか、思い知る機会が沢山あった。

レポート、プレゼンなんて本格的に始めたのは大学生になってから。それを、アメリカで高校入学までを過ごした友人に話すと「そうなの?!私小学生のときから授業でプレゼンやってたよ」と驚かれた。大学受験期、あれだけ勉強に時間を割いていたけれど、答えのある問題を解くために、覚えるばかりの勉強だった。

あるアメリカ人に言われた。「日本、いつか行ってみたいんだよね!でも日本人って英語喋れないんでしょ?だから観光に行っても困ると思う。それで、行こうって気になれないの」

同じ年代、同じ非英語圏の子でも英語力で負けてるって思うことが沢山あった。英語の授業で、留学生同士の議論に追いつけないこともたくさんあった。もちろん自分の努力不足なのだけど、そういえば日本の英語の授業で、文法や読みは沢山やったけど、英語で文章を書く・話す機会ってあったっけ?

 

「日本人は優しい。穏やかだ。」

通学中の電車の中でアラビア語を勉強していた女子大生に「なんでアラビア語なんて勉強してるんだ!テロリストの言語だろうが」と言ってしまう人がいる国が、本当に「やさしくて穏やかな」国なのだろうか。大学の友達が経験したこの出来事をアラブ人に話したら、「それ本当に日本なの?ただ言語だけでそう判断する人がいるの?信じられない」と悲しんでいた。

 

「日本は戦争であんなに破壊されたのに、70年でここまで成長してすごい」

戦後70年で日本は驚くべき成長を遂げ、世界の中でも「先進国」と呼ばれる国になった。敗戦の面影はもはや残っていない。

「俺らは国を追い出されて70年経つけど、状況は何ら変わらないや。その間に日本はこんなに成長してるのにさ!」これはとあるパレスチナ人の言葉。

しかしここ20年、日本の経済はほとんど成長していないらしい。6年前には中国にGDPを追い越された。この成長が、過去の栄光になってしまうのでしょうか。過去の栄光に縋り付いて、変わりゆく現状、新たに生まれた問題を無視してしまうのでしょうか。

 

「日本と言えば日本車でしょ!トヨタニッサン!」

ヨルダンで見る車は残念ながら、トヨタよりもヒュンダイ・KIAのが多いです。

 

「日本では女性がここよりも権利を持っているでしょう?」

世界の男女平等ランキングの中で、日本が何位だか知っていますか。

2016年の調査では、調査対象144カ国のうち111位だそうです。

2015年に比べて後退しているらしいです。

同じ正規雇用であっても、女性の賃金は男性の7割弱、だそうです。

…だそうですって書いてるけれど全部自分の国のこと。

 

「日本は平和な国だ。」

1945年、広島・長崎に原爆が投下され、降伏宣言をしてから72年が経とうとしている。その日からこれまで、日本は一度も戦争をしてこなかった。このことについては純粋にすごいなあと思うし、ここは日本人として誇りを持てるところ。

でも「安保法案の可決」という動きがあったり、最近では「北朝鮮との関係緊張」が話題になったり。日本が外交において、アメリカについづいして自国のスタンスを取らないようなところもあまり好きになれない。

戦争が何も生まないことは、過去の歴史から日本が良く知っているはず。その点で日本は説得力を持っているのではないのかなあ。すぐそばで争い事が起こっているヨルダンで生活していると、やるせない気持ちになります。

 

この文章見て「そんなに日本が嫌いなら日本出ていけば?」って思う人もいると思うし、私も前までは「日本なんて出てやる」って思っていた。

でも自分が日本人であることに誇りを持てるようになりたいし、自分が自分の国のことを好きになれるようになりたい、今ではそう思います。

今年の3月に発表された世界幸福度ランキングで、日本は155カ国中51位。先進国の中では非常に低い。もしかしたら、「日本のことを好きになれない日本人」は少なくないのかもしれません。

 

留学を通じて会った仲間の中で「日本のこういうところを変えたい!」という思いを持っている人が沢山いて、

そしてそれを「ただのガキが言ってること」と思うのではなく、話をきいて支えてくれる大人がいることは、更に嬉しいことでした。

こういう人たちが力を合わせれば、きっと日本は、世の中は、良くなっていくんだろうなあ。

 

こういう話をしたときに「意識高い~」ってちょっと馬鹿にした感じで言ってくる人がいること、自分の夢を話した時に鼻で笑ってくる人がいるようなところも「日本って居心地悪いなあ」って思うところです。意識低いよりは高いほうがいいと思うけどネ。

 

留学でアラブに来てから、日本を離れてから、日本のことを日本にいたときよりも考えるようになりました。ここで考えたこと、置いて行かずに日本に持ち帰るのが留学生の役目かなあと勝手に思っています。

 

おわり

ヨルダンにいます

 

私に直接会ったことがある人は既にご存知だと思いますが、

実は今年の1月にパレスチナを出てヨルダン・アンマンに滞在しています。

イスラエルビザ(私がいたのはパレスチナだけど、国境の管理はイスラエルなので)が切れて一度隣国ヨルダンに出国し、

再入国を試みたところイスラエルから入国を認められませんでした。

その訳や経緯は話すと長くなるのですが、

要は私がパレスチナの大学で勉強しているから」です。

 

パレスチナには学生ビザが存在しません。

国境の管理・ビザの管理はイスラエルが行なっています。

そもそも外国人がパレスチナに行くことを良く思わないイスラエルは」

パレスチナの大学で勉強しよう」

という外国人に学生ビザを発行しません。

パレスチナの大学で勉強したい場合3ヶ月の観光ビザをもらい、

継続したければ一度出国し、再入国してまた新たな観光ビザをもらって…

しかし再入国をしているうちに怪しまれ入国を拒否されてしまうこともあります。

パレスチナだからしょうがない、こうするしかない」

確かに現実はそうだけど、当たり前のようにそう思ってしまうこと、

それ自体が

パレスチナ/イスラエルの持つ問題が長年解決されない複雑な問題であること」

を示しているように感じます。

 

昨年、アメリカという大国では新たな大統領が生まれました。

これから世界は変わっていくでしょう。

世の中がおかしい方向に進みそうになった時、それを嘆くだけでなく、

意思表示をすること、どうすればいいかを考えること、なにかの形で行動に移すこと。

平均寿命から考えると私もあと60年くらいは生きるのだろうと思いますが、

自分が生きる社会を人任せにしていてはもうどうにもならないのだと思います。

 

…なーんてことを今回の経験を通して考えたりしました。

 

こんな出来事があったために今はヨルダン・アンマンに留学場所を移し、

引き続きアラビア語パレスチナのことを勉強しています。

それに加えて、ここヨルダンにはシリア難民が沢山いるので

難民問題についても考えさせられています。

 

今後ですが、幸運にも入国拒否のスタンプが押されていないので

パレスチナに戻ることも考えています。

こればかりはインシャアッラー(神が望めば)だけど!

 。

留学で異国の地に来て、様々な学歴・キャリアをお持ちの

人生の先輩に沢山お会いして、自分の未熟さに直面し、

「こんなヒヨコの経験や考えなんてシェアしたところで…」

と発信するのを恐れていました。

 

でもヒヨコの目線でも見えることは沢山あって、全てが自分にとって新鮮です。

そういう出来事を忘れたくないという気持ち、そして

私を通して誰か一人でもこの地域に興味をもってくれたら、

なにか思ってもらえることがあったら、

新聞やテレビだけでは見えない何かが見えるといってくれるのなら…

自己満足でしかないかもしれませんが、

これからも発信していくことを続けたいと思い、今日久しぶりに文章を書きました。

 

これからマイペースにぼちぼち書いていこうと思います。

皆さんの意見、知りたいこともぜひ教えてほしいです。

中東ってどうしても危険なイメージが先行してしまう地域だけど、

そのイメージに隠れてしまっているところが面白くて魅力的です。

 

ではでは。

パレスチナの日本人であること(Day 121)

今週は雨。雨を通り越して雹も降ったりと嵐のような天気でした。

夏は全く雨降らなかったのに、冬になり雨が降るパレスチナです。

ちなみにこっちの人はあまり傘を差しません。なぜだ…

 

さて休暇が始まってかれこれ3週間ほど経ちますが、

このところはラマッラーの公立図書館でボランティアをしたり

先輩に連れられて初めてジェニン(パレスチナの北のまち)に行ったり。

その一方で、

38℃越えの熱を出して倒れたり

ビザの手続きでバタバタしたりしていました。

この何週間かが今までの留学生活の中で一番苦しかった気がします。

やっと今いろんなことが落ち着いた感じです。

 

大変なことがあっても自分の気持ちは自分次第、

常に前向きでいることを常に心掛けたいなあと思いました。あと体調管理は怠らない!

 

さて、今回は図書館でのボランティアや

前回の投稿で紹介した日本文化イベントに参加して思ったことを書こうと思います。

 

大学でInternationalな学生たちと授業を受けているとき、

先生が「じゃこれ英語に訳して」と言って彼らがスラっと英語に訳しているのを見て

私はよく「日本人がパレスチナで勉強する意味って何なんだろう」と感じていました。

 

「現地の情報を知る・伝える」のであれば

彼らのような英語話者がアラビア語から英語に訳したものを読めばいいわけで、

必要だったらそれを日本語に訳せばいい。

 

他の留学生たちに知識量や能力で勝てない、と思うときに

「私みたいなただの日本人にできることってなんだ」

「日本人がここにいる意味ってなんだ」

とずっと思っていました。

 

そんな中、図書館から

「日本語の本が寄贈されたが、

日本語を理解できる人がいなくてどんな内容の本だか分からないので解読してほしい」

という話を受けました。

 

f:id:teshiko20:20161216224654j:image

その本たちは安倍首相夫人から寄贈されたもので、

主に日本の芸術や風景など、文化を紹介するための本たちです。

 

 

本の名前、著者名、発行年、内容などをシートに英語で記入していく作業。

私にとっては何てことない簡単な作業でしたが、終わった後に

「本当にありがとう。私たちは日本語が分からないから助かった。」

と痛く感謝され、そのときに

「あ、これは自分が日本人だからできたことなんだ」

と気づきました。

 

日本文化紹介のイベントでは、

片道1時間かけてナブルスからやってきた日本大好きな3人の女の子に出会ったり、

空手教室に通う可愛い子供たちに出会ったり、

折り紙をパレスチナで教える2人組に出会ったり。

 

パレスチナにも日本のことに興味を持っている人がこんなにもいるのか!」

と本当に驚かされます。

留学前の私が想像していた以上に、パレスチナでは”日本”に出会うことが多いです。

 

日本人である自分がパレスチナにいる意義

はっきりとしたものはまだ見つけられていません。

「何のためにアラビア語を勉強しているんだっけ」と分からなくなることもあります。

 

高校生の頃に外語祭に行って「あ、この大学に通いたい」と思った5年前。

その時は何語科にするかなんて全く考えてなかったけれど、

世界史で見た、ヨーロッパとは違った異国情緒と

耳にしたことのないアラブ人の名前に惹かれ

それまで世界史が嫌いだった私が初めて世界史を好きになったのは

イスラーム史を勉強していた時。

それから模試の志望校の欄には「東京外国語大学アラビア語専攻」

と書くようになりましたが、

決定的なのは

日本人ジャーナリスト山本美香さんの死、

そして彼女のドキュメンタリーを偶然テレビで見たことでした。

シリア内戦下に生活する子どもたちや女性たちの姿を見て、

「紛争下であっても私たちと同じように生活を営んでいる人たちがいる」

ということに気づきました。

「中東=テロ、紛争」という偏見に隠れてしまう部分を知りたい。

メディアの報道だけでは分からないことを知りたい。

自分の力でもっと世界のことを知りたい。

 

これが、私が今の大学そして専攻を選んだ理由。

人々がどうしても持ってしまう偏見、

それによって遮断されてしまう向こう側を

もっと多くの人に見て知ってほしい。

 

私を通じてそれが可能ならば。

そう思って今パレスチナにいるのかもしれません。

 

なんだか真面目になってしまいましたが、

私が一番伝えたいのは

パレスチナってめっちゃいいところ!」

ということです。

「さぞかし大変な生活をしているだろう」とか

「治安は大丈夫なのか」とか

思っている人も多いと思いますが、

ホスピタリティに溢れていて、料理はおいしくて、

観光するところもたくさん!

難しいことはひとまずおいて置いて、

パレスチナ=紛争地」だけではないその先を

もっとたくさんの人に知ってもらいたいなあと思います。

 

写真不精もそろそろ卒業したい…

 

【今日の一枚】

f:id:teshiko20:20161216224900j:image

ルームメートがいなくなって家に一人になってしまうので

別のアパートに引っ越しました!

(それっぽい写真がこれないのはご勘弁)

パレスチナ人女子2人とルームシェアです。アラビア語漬けだ〜